【変身】二周目を求める物語

甲虫だったなら、きっと本当は飛べた筈のグレゴール。

りんごの写真
by alandsmann via Pixabay
グレゴールの甲殻にめり込んだということは、相当な力で投げられたはずのりんご
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グレゴールの甲殻にめり込んだということは、相当な力で投げられたはずのりんご

このわたくし、遂に読みました。『変身』。

いつか読むんだろうなとぼんやり思ったまま十年ほど経ちまして、ようやく読みました。待っていても特に機会が巡ってくることもなかったので、自ら手に取り読みました。待つな、読みに行け、の言葉のとおりです。読まなきゃ読めない。

言わずと知れた有名作ですから、いろんな人がいろんな感想を持たれていることかと思いますが、なにしろ『変身』本編含め、それらにもほぼ触れずにここまで生きてきたので何の配慮もなく何の遠慮もなく、個人的な感想文をしたためたいと思います。
よろしくお願いします。

詳しいことは後述しますが、とにかく結論から言うと、わからないことはわからないと置いておくと、大変楽しめました。
あ、二周目に行かなきゃ、という気にさせる作品でした。

フランツ・カフカの『変身』

『変身』という物語

広く知られている物語ですから特に紹介も不要かと思うのですが、形式として書いておきます。

『変身』はユダヤ人の作家フランツ・カフカによって書かれた小説ですね。数多の作品で本編中のキーワードが引用されたり、オマージュがあったりと、未読ながらもふんわりと存在を感じることの多かった作品です。

変身』(へんしん、Die Verwandlung)は、フランツ・カフカの中編小説。カフカの代表作であり実存主義文学の一つとして知られ、また、アルベール・カミュの『ペスト』とともに代表的な不条理文学の一つとしても知られる。カミュの『ペスト』は不条理が集団を襲ったことを描いたが、カフカの『変身』は不条理が個人を襲ったことを描いた。

この『変身』における不条理は、主人公の男が、ある朝目覚めると巨大な虫になっていたことであり、男とその家族の顛末が描かれる。

-Wikipediaより引用

不条理文学っていうジャンルがあるんですね(無知)。本当に無知で……。

ざっくりとした内容は引用のとおり、主人公のグレゴール・ザムザがある日目を覚ますと虫になっており、そこから本人と、共に暮らす家族がこの異常事態に強制的に向き合わされる様を描いた作品です。

カフカの『変身』は多くの邦訳本が存在するので、実際に読んだ本についても詳しくご紹介しておきます。

変身

国内の邦訳としては、2025年2月現在2番目に新しいもの、ということになるようです。
カフカ研究については長く行われてきたようですが、そのうち最新の研究で過去の通説が否定されていることも多くあるようで、それらの資料も併せて解説されている一冊です。カフカ初心者にはありがたい限りです。

そして国内の邦訳一覧として、こちらのページを参考にさせていただきました。

カフカの『変身』の邦訳リストです‼️(2024年5月28日追記) | 「絶望名人カフカ」頭木ブログ

国内邦訳ではどれが新しいのか……という情報をなかなか調べきれなかったので、大変助かりました。

読む前のこと

この作品について知っていたことといえば、

  • フランツ・カフカという作家の名前
  • 朝起きたら虫になっていた主人公
  • 主人公の名前はグレゴール

この程度でした。

これらがどこから仕入れたキーワードなのかはわかりませんが、記憶に新しいもののひとつは、新潮文庫のプレミアムカバー。これがめちゃくちゃ印象的でした。

https://twitter.com/shinchobunko/status/1011184199057924101

カフカの『変身』がプレミアムカバーになったのは2018年なのですが、どうもその年の公式サイトのページが探し当てられなかったので、当時のポストを引用しています。
ポスト画像右上が、カフカの『変身』ですね。

限定カバー | 新潮文庫の100冊 2024

こちらは最新2024年のプレミアムカバー一覧です。
人間失格がかっこいいのと、不思議の国のアリスはよく読んだのでちょっと欲しい。

そしてバイオハザードリベレーションズ2ですね。公式サイトはこちら

黒幕が度々『変身』の言葉を引用します。そして、恐怖心が火種となって人間を化け物に変えてしまうウィルスを摂取させた人間がどのように”変身”するのか、手を変え品を変え恐怖心を煽りながら具に観察するというお話。

恐らくこれら以外にも、いろんなところでカフカの名前、『変身』という作品タイトルについて耳にしてきたんだと思います。
これだけの人が知っていて口にするのだから、そりゃあわたしにもいつか読む機会がやってくるだろうと思っていたんですよね。来ませんでした。

読んだ後のこと

ある朝、グレゴール・ザムザが落ち着かない夢にうなされて目覚めると、自分がベッドの中で化け物じみた図体の虫けらに姿を変えていることに気がついた。甲殻のような硬い背中を下にして仰向けになっており、頭を少し持ち上げると、弓なりの段々模様で区切られた丸っこい茶色の腹が見えた。

フランツ・カフカ『変身』

主人公が虫になるところから始まるとは知っていたものの、いきなりこの一文が書き出しだとは思わなくて……しかも半分虫だったとかじゃなく結構本格的に虫。突然完全体。寝覚めに甲虫のお腹がドンと視界に飛び込んでくるの、もうのっけからすごいなって……。
いきなりうわぁってなりながら読みました。

そして明かされると思っていたグレゴール・ザムザが虫になってしまった理由や、作品としてのグレゴール虫化の意味なんかは、なにも語られないままに作品は終わり。
なんとも不思議な読後感でした。

が、川島隆さん訳のこちらの本、訳者さんの解説がしっかりたっぷり入っているんです。これでなんともわかりにくかった部分も解消され、大変楽しめた次第です。

なんなら最後までなんの虫なのかも明かされませんでしたからね。これはあえてそうしているとのこと。ちなみにですが、わたしはゾウムシみたいな感じでイメージして読んでいました。苦手なかたは検索しないでくださいね。

果たして虫になる不条理とは?

グレゴールにふりかかる災難

グレゴールはある朝突然虫になっている自分に気付く。それは誰がどう見ても悲劇であり、災難であり、そして不条理。不条理という言葉の意味を調べれば、概ね「よくわかんないけど、なんかたまたまそうなっちゃった」ということです。
たまたまよくわからない悲劇に見舞われた男の話。それがこの『変身』なのでしょう。

でも実際にグレゴールの身に起きた悲劇とは、『虫になったこと』だったのか?

恐らく違うはず。
それはもう意識はそのままに体が虫になるなんてどう考えても悲劇なのは確かですが、虫になったグレゴールを家族が恐れることなく受け入れて、同情し、これまでの恩返しにと甲斐甲斐しく世話をしてやれていたら? 栄養のある食べ物を腹に入れて健全な思考と体を取り戻せていたら?

絶食と父から受けた傷がもとで暗い自室で寂しく命を落としたグレゴールはいなかったんですよね。勿論、その場合元気はつらつの大きな虫のグレゴールがいる、って話になってしまうんですけど。

『変身』は終盤まで常にグレゴールにぴったり寄り添った視点で展開されます。あまりにも近い。
よって、グレゴールが虫になってからの家族の行動は、グレゴールの知る範囲でしかわかりません。例えば夜ひそひそ声で話していて、グレゴールが物音を立てるとしんと静まり返るとか。

グレゴールがとにかく悲劇に見舞われているのは当然の事実として、家族にもそれぞれの生活があり、それぞれに不幸なんです。なによりも、それぞれが「自分は不幸だ」と思っている。でもそれがグレゴールのこめかみに己のこめかみをこすりつけるような視点では、はっきりとはわからない(勿論示す様子は描かれるんですが、なにしろ言葉が通じないため確認がとれない)。

二周目の存在

グレゴールの死後、物語の視点はグレゴールの元を離れ、家族を客観的に見下ろす形に落ち着きます。そのときになってやっと、家族がつらかったこと、とてつもなく追い詰められていたことが事実として見えてきたと感じました(これまでは、グレゴールが「辛いんだろうなぁ」と思っている)。

グレゴールのFPS視点が突如、登場人物の誰でもない三人称神視点になったとでも表現したらよいでしょうか。

グレゴールが死の淵に立ったあたりから、ようやく家族の描写が鮮明になるんです。家族の言っていることがしっかり届くというか。グレゴールの耳や意識を通さない家族の言葉があるというか。

しかし反対に、グレゴールはいよいよしっかり歩くこともままならなくなります。グレゴールの世界が終わり、家族へと焦点を合わせる為に視点が混じって塗り替わっていく。ここで、ああ、グレゴールは死んでしまうんだ、という哀しい確信がありました。

グレゴールの死の直前、父親が「こちらの言うことが通じればなあ」という言葉を繰り返します。これはなかなかに衝撃的なものでした。
何故ならグレゴールは、ずっと家族の言葉を聞いて、きちんと理解していた(少なくとも読者はそう思っていた)からです。なんなら、ヴァイオリンを乞われて披露したのに飽き飽きとされる妹を気遣う気持ちまであったのに、家族は「言うことすらも通じない」と思っていたと。

ここに来て、この物語の視点が、改めてもどかしく感じられました。
グレゴールは虫になってからも思考していたし、いろいろ判断して行動しているし、何より家族を心配しているのですが、でも『どこまで人間的な意識を保っていたか?』について客観的にはなにもわからないんですよね。
家族とどこまで意思疎通を図っていたのかどうかも、グレゴールが虫になった朝、「大声で呼びかけたけどどうやら通じてないらしい」と思ったことしか、殆どわからない。

コミュニケーションがとれていたらと口にする父親に、泣きながらジェスチャーで無理だときっぱり意思表明した妹は、もうその試行に疲れてしまっていたのかもしれないですね。
グレゴールは、どこからどこまで、一体どれだけ”グレゴール”を保っていられたのだろう?

『虫』になる不条理

突然、不条理に悲劇が我が身を襲うこと。
生きている以上、自分の視点と他者の視点が存在すること。
『変身』は、考えるに、それらの入り混じった残酷な物語なのだと思います。でも実際には、これはある場所にはあるお話なのだろうとも思うんですよね。

虫になってしまうことはそうそうないにしても、突然世界が変わったように不幸に陥ること、とれていると思っていたコミュニケーションが実は片側通行で相手に全く通じていなくて、長い時間をかけて関係が崩れ去ってしまうこと……。
絶対ないとは言い切れないし、なんならどこかで「そうならないといいな」と思うから日頃多くの人が気を付けている部分でもありますよね。

物語のラスト、グレゴールという、ザムザ家みんなの思考の大部分を占めていた「厄介事」が取り払われ、ふと見れば、幼く役立たずだった妹が美しく成長していたことに気付きます。

この妹への両親の評価も、グレゴールの見解が大いに含まれているので事実かどうかわからない部分。グレゴールは妹を守り育てる存在と認識してると同時に、どうも少し見下す様子があるように見受けられます。
実際歳が離れているようだからある程度仕方ないとは思うけど。

ここでやっと、しっかりとザムザ家の家族に物語の焦点が当たったことになります。ラストシーンまでの家族三人での短い旅路。その過程で実は家族はそれほど窮地に立たされていないこと、三人がお互いにいがみ合うことなく将来の展望について話し合えていること、そしてなにより娘の幸せを模索しようとする両親の健全な親心がしっかり存在すること。
これらが描写され、ザムザ家はグレゴール抜きに完全に家族として成立していることが伝わります。

ですがそれよりも以前に、まずグレゴールが家族の為に身を粉にして働いていたこと自体に「本当にそこまでする必要があったのか?」と思われる描写もあり、このことから、虫になる以前からグレゴールには独りよがりな部分があり、潜在的に家族との不和があったのではないか? という疑問がわいてきます。

ザムザ夫妻と娘とで会話する中で、実は彼らの職場が大変好条件で将来有望だということが判明しますが、グレゴールの見立てでは苦しく辛い労働を強いる過酷な職場であるようでした。これも、意地悪な見方をするなら、彼らはそういう仕事をするしかないだろうというグレゴールの気持ちが乗っかった見立てなのではないかな、と。そう思えてしまいました。

虫になる前と虫になった後と、グレゴールは本当に正しく周囲を見て認識していたのでしょうか? 情報量の多寡にかかわらず、公平な判断を下そうとしていたのでしょうか?

厄介者と疎まれ、最後は労わられることもなく孤独に虫として死んだグレゴール。虫になったことは不条理としても、その死までもが本当に不条理だったのか?
疑問が残るところです。なるべくして、のように思えてしまうなあ……。

ラストは、え、ここで終わってしまうの? という肩透かしのような印象を受けますが、実際には視点が大きく移ったことで、実は家族のことをグレゴールはわかっていなかった、グレゴールに寄り添っていた物語の視点では彼らのことを読者は理解しきれていなかった、と知らされるシーンでもあります。

家族側の視点で読む二周目が存在するということが示唆される、実にゲーム的展開(つよくてニューゲーム)。
あれ、あっさり? と感じた直後に、いやちょっと待って……となる気持ち良さがありました。

さいごに

大変おもしろかった、この『変身』。

こちらの本、101ページまでが本編、103ページから174ページまでが訳者による解説という構成になっており、本当にしっぽまであんこぎっしりとなっています。
訳者の解説で金田一少年の事件簿みたいな部屋の平面図見るとは思いませんでした。めちゃくちゃわかりやすくてありがたかったです。

カフカが生きていた時代を含めた、『彼の環境』に影響される表現などについての解説もあり、読んでいる間に生まれた「ん?」という部分を解消するのに大いに役立ちます。
密室殺人がよく起こるコテージとかでなければ、四角い部屋の3枚の壁にそれぞれドアがついている部屋とか見ないじゃないですか、やっぱり。グレゴールはそういう部屋に住んでいますのでね、最初は混乱しました。

こういった深い解説がある本、面白いですね。古典作品だと、こういうものが多いんでしょうか(無知第二幕)。こういったものを選んで読んでみるのも楽しいかもしれない。

解説の中でカフカ本人についても紹介されていましたが、随分と筆の早い人だったみたいですね。あやかりたい切実に。
相当の手紙魔だったようですし、今の世にカフカがいたらとんでもないツイ廃だったかのかも。豆腐メンタルでもあったようなので、病みツイ連発してたのかなと思うと親しみを覚えますね。同じツイ廃として……。

今回はフランツ・カフカ作、『変身』を読んでの読書感想文でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。

また次回、読書感想文の機会がありましたらよろしくお願いします。

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長年DQ3で生きてきた人間です。恒常ゲーはFF14、LoLなど。好きなジャンルはRPGで、ゲーム以外ならうさぎと手帳が好き。ごみ捨てに行くだけで筋肉痛になる、深刻な運動不足。