【舟を編む】淡々と、粛々と

辞書を作るお話。

by PDPics (Pixabay)
辞書のこと、あまり知らない

お久しぶりの読書感想文です。

2025年を通して読書の記録をとっていったところ、圧倒的少なさの小説の読了数にひっくり返りまして……。2026年は小説を読む割合ももうちょっと増やしていきたいなと思ったところであります。

2026年最初の小説として、『舟を編む』を読ませていただきました。

読書感想文という性質上ネタバレは免れません。
未読の方でネタバレを避けたい方には、この記事はおすすめしません。ご了承ください。


舟を編む

基本情報

『舟を編む』は三浦しをんさん作、2011年発行の長編小説です。
辞書づくりに携わる人々の物語。舞台は辞書編集部です。その名のとおり、辞書を作る場所。

舟を編む - 光文社

大手総合出版社玄武書房の発行する新しい辞書『大渡海』に携わる人々のドラマ。なかなか覗き見ることのない世界の中で、いかにして辞書が作られているかという好奇心も刺激される作品です。

辞書には”当たり前にあるもの”というイメージがあったのですが、読み終えた後には、それだけではなく、「辞書って作品なんだな」という感覚になりました。やっぱり改めて辞書が欲しい。
小さなころから身近な存在ではありますが、果たしてこれまでに、辞書を『誰かが書いた文章』『誰かの作品』として取り扱ったことがあっただろうか? と、ちょっと反省しました。
考えてみたら当たり前に、人間が書いた文章なんですけどね辞書だって。何故かその感覚が薄かったなぁ。

読もうと思ったきっかけ

何か小説を読もうと考えたときに、タイトルが頭の中に浮かんだのがこの『舟を編む』だったんですよね。2025年の秋頃から辞書が欲しいと思うようになりまして、”小説読みたい”、”辞書欲しい”、がうまいこと噛み合った結果なのかもしれません。

普段小説を読まないわたしでもさすがにタイトルと『辞書を作るお話』というのは存じ上げておりました。本屋大賞を受賞された作品だったはずだと思って確認したところ、確かに、2012年本屋大賞受賞作品とあるので、記憶違いじゃなかった。よかった。

三浦しをんさんの著書を拝読するのは今回がはじめてで、どんなお話を書かれる方なのかも全く見当がついていないまま読み始めました。
こうして読書感想文をしたためている時点でおわかりかと思うのですが、大変面白かったです。

好きだったところ

不器用な男の成長

『舟を編む』の登場人物の中でメインになるのが、馬締光也。
玄武書房を定年退職しようという編集者荒木が接触することになる、いわば辞書作りの才能を持つ男。
決して抜群の人事とは言い難い営業部配属後、辞書編集部に引き抜かれ、辞書編集に打ち込むことになる人物ですね。

この馬締が、いいんですわ。

不器用だし全くスマートじゃないんだけど、言葉に敏感かつ柔軟で、全然打っても響かなそうなのにちゃんと他人を見ている感じが。
下宿先のおばあちゃんとの心温まる暮らしのおかげなのか、やはり元々の気質なのか、あまり恵まれたとはいえない職場環境の中でも腐ることなく、自分の好きなことや領分の中でくつろぐことは忘れずに生きている様子もよかった。表面的には危うくも見える馬締ですが、ちゃんと芯があって、大人として自己を確立しているんですよね。

『舟を編む』の登場人物全般に言えることですが、みんな大人なんですよ。至らなかったり知らないことがたくさんあったりしても、まず基本的に大人。なのでとても安心して読める。

馬締は物語の中盤、『言葉には強いが危なっかしい若手社員』から『頼れる編集部主任』に進化します。進化しても大掃除の役には立たなそうだとか、仕事用の袖カバー装着したまま飲み会に出発してしまうような危なっかしさはそのままなんですけど。

平社員時から主任になるまで、作中では長い時間が経過しています。辞書『大渡海』の製作には何度も停止の期間があり、その間社内に味方もなく辞書編集部を支えていたであろう馬締。主任馬締には、その歴史を思わせる大らかさがある。

辞書編集部に入った頃、恐らくはその前からも、馬締はとても人間味にあふれた優しい人物だったと思うのですが、そのあたたかさや優しさというのが、彼本人を基準にしたごくごく狭い範囲にしか及んでいなかったように見えるんですよね。
それが長い時間と、辞書作りという共同作業の中で、より広く及ばせるようになったのかなと。ここが馬締の成長の部分なんでしょうな。

勿論配偶者となった香具矢さんの影響もありそう。
香具矢さんとのお付き合いする中で、結婚生活を構築していく中で、きっとたくさん人間的・感情的に成長したんだろうなぁ、馬締。

“間に合わなかった”

大渡海の発行を見届けることができなかった恩のある先生の死に際して、馬締が『間に合わなかった』と語る終盤のシーン。ネタバレすみませんね。

確かに先生に発行というひと段落の姿を見せることは叶わなかった。これは悲しいことでしたけど、ひとつの側面なんですよね。先生の命あるうちにって前提で動いていたら、それこそ間に合わない言葉があったのだろうし。そしてそんなの先生は良しとされないだろうし。

先生はしっかりできあがるだろう大渡海の手応えを感じて、きっと大満足だったろうし、幸せだったろうなと思う。次の舟の編み手たちが次へゆこうとする姿を見送る役割を全うしたわけですし。

本文を読む中で、馬締の『間に合わなかった』の言葉に、我ながらめちゃくちゃ野暮なんですけど、それでも否定せざるを得なかったですね。そんなことないよ、という。このシーンは心底たまらなかった。

食事のシーン、良

この作品の中で、食事のシーンは全て重要な意味を持っていました。生と死、終わりと始まりみたいなものが暗示されることが多くて、(大変失礼ながら)三浦しをんさんの作品を初めて読むもので、もしや食事シーンの描写にこだわりのある作家さんなのかなと思ったり……どうなんでしょう(すみません無知で)。

人の成長、時間の流れ、訪れる世代交代。それらの要素が食事の情景と一緒に描かれるの、なんだかとても印象的だったんですよね。
あと美味しそうなものが描かれていて、単純に好き。おなかがすきます。

わたし、ごはんが好きなんですよねぇ。食べるのも勿論好きなんですけど、ごはんを見るのも好き。よく遅い時間に美味しそうな食事の写真をSNSに投稿すること『飯テロ』なんて呼びますけど(見てるとおなかが空くからそういうことはしてくれるな、の意味で)、わたしはいつなんどきでも美味しいごはんの写真は大歓迎なので、何故そんな物騒な名前で呼ばれるのか、芯の部分は理解できないんですよね。
ご褒美でしかないんだから、もっとありがたい名前で呼んだらいいのにと思う。

小説に出てくる美味しいごはんの描写って、めちゃくちゃ良い。
今回それを実体験として知りました。わたしこういうの好きなんだな。

自分では気付いていなかったヘキの部分を掘り当ててもらった気分で、とても嬉しいです。大変申し訳ないことにお話の筋とは別の部分ではあるのですが。
美味しいごはんが出てくる小説を探そう。

もっと好きだったところ

女性たちがかっこよかった

馬締と下宿で知り合い、その後配偶者となる香具矢さんはじめ、作中の女性たちもみんなよかった。

というか、嫌なひとが出てこないんですよ、この『舟を編む』という作品。いや嘘ちょっと出てくるけど、本当にちょっと。
少なくとも辞書の完成間近で、原稿を全部燃やしてやろうとか考える悪い人間は出てこないんですよすみませんこれもネタバレですけど。
え~『大渡海』の完成どうなっちゃうの~!? 次章一夜にして灰となった原稿を復活させる! みたいなドキドキハラハラ大どんでん返しみたいなことがなくて、とにかく淡々としているの。編集作業が描かれている様子を見ても、そもそも淡々としたものというか、淡々と粛々とやることでしか完成しないものなんだろうなと思いますよね、辞書って。
じわじわと進んでいく辞書編集作業。これが舟を編むということであり、辞書原稿とそれを作るひとたちに、読み手も集中できる。

舟を編むというタイトルは、言葉という、うねりゆらぐ海を渡るための助け、つまり舟にこの辞書がなってくれればという『大渡海』への気持ちからとられているわけですが、タイトルとして採用されたのが『編まれた舟』じゃないのは、やっぱり人と仕事にフォーカスがあるからなのかなぁと、大変に良い読後感があったんです。全っ然意図の真逆へ駆け抜けていたらごめんなさい。

で、その中でも女性陣がみなさん大変に良くって……。

それぞれに方向性は違えど、芯がしっかりした女性たちが描かれていて気持ち良かった。恋愛は上手くいかないことがあってもそれに過度に引きずられることなく、『それはそれとして仕事しよう』的ドライさで、さっと流してくれたのもわたしは大変好みでした。
恋愛主題のジャンルのお話でないなら、余りにもそこに人生の重きを置いて私生活のあらゆることが恋愛に左右されている成人女性を見るのは、個人的に不安になってしまうので(この人この先ちゃんと生きていけるんだろうかという……)。

だからそう、みなさんバランスがとれているんですよね。繰り返しになってしまうんですが、大人なんです。

西岡と麗美

登場する女性のほとんどが仕事に関わるという形で描かれる中、唯一その面が見られなかったのが三好麗美さん。馬締の同僚、西岡の大学時代からの、彼女ではないけどずるずる続いた肉体関係込みの腐れ縁のお相手。

このふたりの関係性の変化は、作品の主軸ではないんですけど、個人的にはここがいちばん刺さったところというか、メインのお話に匹敵する号泣ポイントだったんですよね。

そつなくなんでもこなせる代わりにひとつに熱く打ち込むことのできない西岡は、何も器用にこなせないのに言葉と辞書にのめり込む馬締を間近に見ていることで、これまで感じたことのない『嫌な気持ち』になります。
見るからに不器用とわかる馬締を、西岡はなんともうだつが上がらなそうな男だと出会いの頃から思うわけですが、その評価を下した相手にこの焦燥感を与えられることで、普段の軽いノリからは考えられないような暗くぐずぐずとした燻りを抱えてしまうわけですね。

辞書編集部は『大渡海』に向けて一致団結して取り掛かろうとしているときに、馬締への個人的コンプレックス、そして自分ひとりだけが辞書編集部から異動になるという確定した未来がある中で、『どうせ自分なんかいなくても辞書編集部は成り立つ』という言いようのない疎外感に苛まれる。

これはねえ、わかりますよねぇどうしたって。
自分が異動することを知らない同僚たちが仕事している様子を見るの、わたしはなかなかに堪えました。どうと説明するのは難しいんですけど妙に手持ち無沙汰だし、無駄に心配が募ってしまって余計に口出ししたくなってしまったり……このあたりの描写は西岡に同情してしまったな。

他人のものに執着しそうにない西岡なのに、馬締の思い人である香具矢が自分に特別な好意を抱くようになればいいのにとまで思う始末。だいぶ重症。さすがにここは同情できなかったけど、根本的な部分の感情はわかる。うん。

誰にも弱音を吐くこともできず、虚しさの中で辞書編集部から異動するまで過ごすしかなかったように思われた西岡を救ったのが、麗美さんでした。
特別にいいことを言って西岡を励ましたわけでも、原因を取り除いたわけでもなかったけど、多分受け入れたんだろうなと思う。麗美が。西岡の弱いところや情けないところなんかを。

西岡を取り巻く環境は1mmも変わらなかったけど、隠さなきゃいけないとか、或いはあってはいけないと思い込んでいた弱い自分やダメな自分が麗美の手で『それでもいい』ところに置いてもらえたことで、西岡も成長できたんだなと。
不完全に見える馬締(でもきっとすごくなるという雰囲気がある)に対して、社会人として完成しているように見えた西岡の不完全な部分が、ここで補われたんだな~きっと。

こうしてみると、馬締と西岡は完全に見えるところ、不完全に見えるところがとても対照的だったんですね。なるほどな。感想書いててやっと理解した。

愛を誓い合ったわけでもなく、正式に約束も交わしていないけど、なんとなく穏やかな関係性があってお互い自覚していないけど不意に弱さをさらけ出すことができて、相手もそれを難なく受け入れられる、みたいな関係性にめちゃくちゃ弱いんですよねわたくし……だから無自覚両片思いも大好物。ムシャムシャゴクン。
なので西岡と麗美は刺さったなぁ……辞書編集部から異動になるんだと打ち明けた西岡を麗美が抱き寄せるシーンでもう泣いて泣いて(※引くほど泣き上戸です)一旦本閉じましたもんね。正式なごちそうさまでしたの所作で。本当にありがとうございました。


終わりに

読書感想文といいながら、結局いつも『ここが好き!』という話をするだけなので、もう見出しを思いっきり正直にシンプルにしてみました。わかりやすいやな。

わたし自身大河ドラマというものを見たことがないんですけど、この『舟を編む』、大河ドラマ的なのかなってちょっと思ったんですよね。読み終わった直後に。時間スケールは全然違うんだろうけど、出来事だけではなく時間の流れで物語がぐいぐい進められていくところとか、松本先生が大渡海の発行を見届けられないままに亡くなってしまうことも、ページめくったら一行目にするっと書かれているところとか。

時代が流れていくことに人は抵抗できないという大前提が根底にあると勝手にイメージしているんですよね、大河ドラマ。実際のところは知らないし今後も見ることはないと思うのでわからないままですが。

言葉の海を渡るのに人の手で少しずつ舟を編むことも、留められない大きな時間の中を小さな人間が足掻いていることも、どことなく似ているんじゃないかなと感じましたね。こういう感じたことを上手く言葉で表現できないのが大変悔しいんですけれども。

大変面白い小説でございました。
三浦しをんさんの作品、また読みたいと思います。

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2回のドラマ化にアニメ化にコミカライズもされてるんだすげぇ…。
面白いもんなぁ(勝手に嬉しくなる世間知らず)。

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にと
長年DQ3で生きてきた人間です。恒常ゲーは現在LoL(主戦場は橋)。好きなジャンルはRPGで、ゲーム以外ならうさぎと手帳が好き。 ごみ捨てに行くだけで筋肉痛になる、深刻な運動不足。 2026年毎日フランクリンプランナー使うチャレンジとしてnoteで毎日のふり返り記録を投稿しています。